特集・語り継ぐ、戦争のこと
私たちの暮らす街は戦争末期、特攻隊も飛び立った調布飛行場を中心に、重機工業の工場、中島飛行機武蔵野工場、稲城には火工廠(火薬を作り貯蔵する施設)、府中には燃料廠があり、三鷹など数ヶ所に首都防衛のための高射砲陣地を構える軍事的な要所だった。そのためか度重なる空襲を受け、特に1945(昭和20)年5月25日の爆撃はものすごく、お寺や学校を含めた多くの家屋が炎につつまれ、たくさんの死傷者が出た。米軍のB29も国領や三鷹に墜落していて、住民が米兵を殺すという凄惨な事件もあったという。
戦争を望む人間はいない。にもかかわらず、戦時を美化したり、軍隊の必要性を説く声は多い。戦争を知らない世代が親になり、年を追うごとに戦争の痛みを身をもって体験した人たちの声が少なくなっていく今、あらためてその声に耳を傾けてみたい。
稲城市と戦争〜火工廠と風船爆弾
三鷹に残る戦闘の傷跡
椎の実子供の家
首都防衛高射砲陣地跡
負の記憶も残す大切さ
調布市戦時記録保存会
岩崎清吾さん
空襲で逃げまどう人たち
狛江市文化財専門委員
田代實さん
過去の事と捉えないで……
三鷹市在住
生田テルさん
平和運動を若い世代に
調布狛江八・一五戦争体験を語る会
本田栄一さん
掩体壕の思い出
府中史談会
戸塚六一さん
被爆者の苦しみを忘れないで
調布市原爆被害者の会
佐伯有機さん