井の頭伝説
むかしむかし、井の頭池の近くにある長者が住んでいた。大金もちでなんの不足もなかったけれど、ただひとつ、子どもに恵まれないことだけが不足だった。
「なんとかして子どもがほしい。子どもさえいれば、なんにもいらない」
「井の頭の弁天様へ願かけをいたしましょう。」
長者夫婦はそういって、何日も何日も、井の頭池のそばの弁天様へお参りした。すると、長者夫婦の願いが通じたのか、とうとう女の子どもがうまれたそうな。
長者夫婦は、うまれた娘を、それはそれは大切に育てた。
娘は大きくなるにしたがって、どんどん美しく成長していった。
「なんと美しい娘じゃ。まるで弁天様の生まれかわりのようだ」村の人は口をそろえてそういった。
娘が成長した、ある春のこと。
三人は井の頭池のそばを通って弁天様にお参りをし、池のそばの石に腰かけて休んでいた。娘はさっきからじーっと池をみつめていたが、やがて口を開いてこう言った。
「お父さま、お母さま。ながいあいだ、ほんとうにありがとうございました。実はわたしは、この池のぬしなのです。もう池にかえらなければなりません。いままで育ててくださったご恩は決してわすれません」
むすめは、そういうと、驚いた長者夫婦が止める間もなく、ひらりと身をおどらせて池にとびこんでしまった。
池に入った娘は白いへびに姿をかえて、池の中へ泳いでいった。そして池のまん中あたりで長者夫婦におじぎをするようなかっこうでふりかえり、やがて、池の底へきえていってしまった。
井の頭の池のほとりに、その娘を偲ぶために、「宇賀神」の像が建てられている。頭が人間の娘で胴がへびのこの像は、大盛寺の境内にいまも残っている。